騒音性難聴とは?工場勤務者が注意すべき耳の職業病
騒音性難聴の基礎知識 – 静かに忍び寄る職業病
「最近、同僚の声が聞き取りにくい」「テレビの音量を家族から下げるよう言われる」—こんな経験はありませんか?実はこれ、騒音性難聴の初期症状かもしれません。工場勤務者にとって、騒音は日常的な環境ですが、その危険性は意外と知られていません。
騒音性難聴のメカニズムと症状
内耳の有毛細胞がダメージを受けるプロセス
騒音性難聴は、その名の通り「騒音によって引き起こされる難聴」です。人間の耳は精密な構造をしており、特に内耳にある「蝸牛(かぎゅう)」と呼ばれる器官内の「有毛細胞」が音を感知する重要な役割を担っています。
85デシベル以上の騒音に長時間さらされると、これらの有毛細胞にダメージが蓄積します。最初は一時的な聴力低下(一過性閾値上昇、TTS)として現れますが、休息によって回復します。しかし、騒音への曝露が継続すると、有毛細胞は徐々に死滅し、永久的な聴力低下(永久閾値上昇、PTS)へと進行します。

重要: 人間の有毛細胞は一度死滅すると再生しません。これが騒音性難聴の厄介な点です。
初期症状から進行期までの自覚症状の変化
騒音性難聴の進行は以下のように段階的に現れます:
- 初期段階:
- 騒音環境から離れた後の「耳鳴り」(キーンという音)
- 一時的な聞こえの悪さ(翌朝には回復することが多い)
- 中期段階:
- 高音域(高い音)が聞き取りにくくなる
- 「s」「f」などの子音の聞き分けが難しくなる
- 会話の内容は聞こえても、言葉の明瞭度が低下
- 進行期:
- 日常会話の聞き取りに支障が出始める
- テレビの音量を大きくしないと聞こえない
- 騒がしい場所での会話がほぼ不可能になる
一般的な難聴との違いと特徴
高周波数帯域から失われていく聴力
騒音性難聴の特徴的なパターンは、最初に4000Hz付近の高周波数の聴力が失われていくことです。これは一般的な加齢性難聴と異なる点で、騒音性難聴特有の「4000Hzディップ」と呼ばれるオージオグラム(聴力検査結果)のパターンとして現れます。
周波数帯域 | 騒音性難聴の影響 | 日常生活への影響 |
---|---|---|
低音域(125-500Hz) | 後期まで比較的保たれる | 男性の声は聞こえやすい |
中音域(500-2000Hz) | 中期から影響が出始める | 女性の声が聞き取りにくい |
高音域(2000-8000Hz) | 最初に影響を受ける | 電話の呼び出し音、鳥のさえずりが聞こえにくい |
可逆性と不可逆性の境界線
騒音性難聴において重要なのは、可逆性と不可逆性の境界線を理解することです。初期段階での一時的な聴力低下は、騒音環境から離れることで回復します。しかし、継続的な曝露により、ある時点でこの回復力は失われ、永久的な障害となります。
- 可逆的段階の特徴:
- 騒音作業後16時間程度の休息で回復
- 耳鳴りは一時的
- 聴力検査で軽度の閾値上昇
- 不可逆的段階の特徴:
- 休息をとっても聴力が回復しない
- 慢性的な耳鳴りの発生
- 聴力検査で明確な閾値上昇と4000Hzディップ
騒音性難聴の診断基準と検査方法
純音聴力検査と騒音性難聴特有のオージオグラム
騒音性難聴の診断には、主に純音聴力検査が用いられます。この検査では、250Hzから8000Hzまでの各周波数の音をヘッドフォンで聞き、聞こえる最小音量(閾値)を測定します。
騒音性難聴の典型的なオージオグラムでは、4000Hz付近に著しい閾値上昇(ディップ)が見られます。これは工場での金属音などの騒音が、この周波数帯域に強いエネルギーを持つことが多いためです。
騒音性難聴の診断基準:
- 騒音環境での勤務歴がある
- 4000Hz付近に顕著な聴力低下
- 両耳に対称的な聴力低下がみられる
- 他の難聴原因(中耳炎、突発性難聴など)が除外される
産業医による定期検診の重要性
工場などの騒音職場では、年1回以上の定期的な聴力検査が労働安全衛生法で義務付けられています。これらの検査は、騒音性難聴の早期発見に不可欠です。
定期検診のポイント:
- ベースラインとなる入社時の聴力検査
- 定期的な追跡検査による変化の把握
- 検査結果に基づく就業制限や保護具の見直し

早期発見のメリット:騒音性難聴は初期段階で適切な対策を講じれば、進行を遅らせたり停止させたりすることができます。自覚症状が現れる前に検査で発見できることが、定期検診の最大の利点です。
騒音性難聴とは?工場勤務者が注意すべき耳の職業病
工場環境における騒音の実態と測定方法
工場現場での騒音は「仕方がない」と思われがちですが、実際にはどの程度の騒音レベルがあるのでしょうか。また、それがどれほど私たちの耳に影響するのか、科学的な視点から見ていきましょう。
業種別の騒音レベルと危険度
金属加工、機械製造業の騒音特性
金属加工・機械製造業は、騒音性難聴のリスクが特に高い業種として知られています。プレス機、打撃工具、切削機などの設備から発生する騒音は、瞬間的に110デシベルを超えることもあります。
金属加工現場の主な騒音源と騒音レベル:
- プレス機作業: 95~110デシベル
- 金属切断作業: 90~105デシベル
- グラインダー作業: 95~115デシベル
- 鍛造作業: 100~120デシベル
これらの騒音の特徴は、金属同士の衝突による「衝撃音」が多いことです。衝撃音は突発的で高いエネルギーを持ち、内耳の有毛細胞へのダメージが大きいとされています。
また、金属加工現場では反射音も問題になります。工場内の金属壁や床、天井からの音の反響により、実際の音源からの直接音よりも、空間全体の騒音レベルが高くなることがあります。
食品工場、化学工場など各業種の騒音状況
金属加工業ほど騒音レベルが高くないと思われがちな食品工場や化学工場でも、実際には耳への負担となる騒音が存在します。
業種別の平均騒音レベル比較:
業種 | 平均騒音レベル | 主な騒音源 | 特徴 |
---|---|---|---|
食品工場 | 80~95デシベル | 充填機、包装機、コンベア | 連続的な機械音が中心 |
化学工場 | 85~100デシベル | ポンプ、コンプレッサー、攪拌機 | 低周波音が多い |
製紙工場 | 90~105デシベル | ローラー、カッター、乾燥機 | 高周波音と低周波音の混在 |
繊維工場 | 85~95デシベル | 織機、紡績機 | 高周波の連続音が特徴 |
食品工場では、比較的騒音レベルは低いものの、8時間以上の連続稼働による長時間曝露が問題となります。一方、化学工場では騒音レベルよりも、低周波音による身体的ストレスや疲労が懸念されています。
騒音の測定方法と許容基準
デシベル値と人間の耳への影響
騒音の大きさは「デシベル(dB)」という単位で測定されます。人間の耳の感度は周波数によって異なるため、騒音計では人間の聴覚特性を考慮した「A特性」という補正を行い、「dB(A)」として表示されることが一般的です。
デシベル値と体感的な大きさの目安:
- 30dB(A): 図書館内の静けさ
- 50dB(A): 一般的なオフィス環境
- 70dB(A): 騒々しい事務所、店内
- 80dB(A): 騒音性難聴のリスクが出始めるレベル
- 90dB(A): 工場の製造ライン(会話が困難)
- 100dB(A): 電車が通過する際のホーム
- 110dB(A): ロックコンサート前方
- 120dB(A): 痛みを感じ始めるレベル

実は音のエネルギーは、デシベル値が10増えるごとに10倍になります。つまり、90dBの騒音は80dBの騒音の10倍のエネルギーを持っているのです。このエネルギーの違いが、耳への負担の大きさに直結します。
労働安全衛生法における騒音規制と基準
日本の労働安全衛生法では、騒音に関する規制が設けられています。「騒音障害防止のためのガイドライン」では、以下のような基準が示されています:
- 85dB(A)を超える作業場: 騒音の測定、作業環境の改善、保護具の使用、健康診断などの対策が必要
- 90dB(A)を超える作業場: より厳格な管理と対策が必要
また、アメリカの労働安全衛生局(OSHA)などでは、「許容曝露限度」として、騒音レベルと曝露時間の関係を明確に規定しています:
- 90dB(A): 1日8時間まで
- 95dB(A): 1日4時間まで
- 100dB(A): 1日2時間まで
- 105dB(A): 1日1時間まで
- 110dB(A): 1日30分まで
騒音曝露の累積効果と休憩の重要性
騒音レベルと許容曝露時間の関係
騒音による難聴リスクは、「どれだけ大きな音か」と「どれだけ長く聞いたか」の両方に依存します。この関係は「等価騒音レベル」という考え方で説明されます。
3デシベル交換則: 騒音レベルが3デシベル上がると、許容曝露時間は半分になります。例えば、88dB(A)の騒音に曝されても良い時間は、85dB(A)の半分になります。
この原則から、短時間でも極めて大きな騒音(例:110dB以上)に曝露することは、長時間の中程度の騒音(例:90dB)と同等か、それ以上のダメージを耳に与える可能性があります。
低騒音環境での休憩時間確保の意義
騒音性難聴の予防において、「騒音環境からの休息」は極めて重要です。一時的な聴力低下(TTS)が回復するためには、十分な低騒音環境での休息時間が必要です。
効果的な休憩のポイント:
- 休憩時間の騒音レベル: 70dB(A)以下が望ましい
- 休憩の頻度: 高騒音作業では2時間ごとに15分程度
- 休憩場所の確保: 防音された休憩室の設置が理想的
研究によると、8時間の作業時間中に適切な休憩を取り入れることで、同じ総騒音曝露量であっても、聴力への影響を約30%軽減できるという報告もあります。
実践例: ある自動車部品製造工場では、85dB(A)以上の作業エリアで働く作業者に対して、2時間ごとに15分間、70dB(A)以下の休憩室での休憩を義務付けました。その結果、定期健康診断での騒音性難聴の新規発症率が導入前と比較して約40%減少したという事例があります。
騒音環境下での連続作業は、聴覚疲労を引き起こすだけでなく、集中力低下による作業ミスや事故のリスクも高めます。適切な休憩時間の確保は、聴力保護と労働安全の両面で重要な対策と言えるでしょう。
騒音性難聴とは?工場勤務者が注意すべき耳の職業病
騒音性難聴の予防策と適切な防音保護具の選び方
「耳栓は面倒だから…」「すぐ外れるし使いづらい」という声をよく聞きます。しかし、適切な防音保護具の選択と正しい使用法は、騒音性難聴予防の最後の砦です。効果的な対策と、もし症状が出てしまった場合の対処法について詳しく見ていきましょう。
効果的な耳栓・イヤーマフの選び方と使用法
遮音性能(NRR値)の見方と選び方

防音保護具の性能を示す重要な指標が「騒音低減率(Noise Reduction Rating:NRR)」です。この数値が高いほど、騒音をより多く遮断できることを意味します。
NRR値による保護具の分類:
- 低減効果が低い(NRR 10~15): 軽度の騒音環境(80~85dB)向け
- 低減効果が中程度(NRR 16~25): 中程度の騒音環境(85~95dB)向け
- 低減効果が高い(NRR 26~33): 高度の騒音環境(95dB以上)向け
ただし、このNRR値は理想的な着用状態での数値であり、実際の使用では表示されている値の約50%程度の効果と考えておくべきです。つまり、NRR 30の耳栓を使用しても、実際の騒音低減効果は約15dB程度と見積もるのが現実的です。
選び方のポイント:
- 騒音レベルに合わせた選択: 作業環境の騒音レベルから15~20dB低減できるNRR値の製品を選ぶ
- 着用時間の考慮: 長時間使用する場合は快適性を重視
- 作業内容との適合性: 細かい作業や会話が必要な場合はコミュニケーション機能付きを検討
- 個人の耳の形状: 耳のサイズや形状に合ったものを選ぶ
カスタムメイド耳栓vs既製品の比較
防音保護具は大きく分けて既製品とカスタムメイドの2種類があります。どちらが自分に合っているか、特徴を比較してみましょう。
項目 | 既製品(使い捨て/成形型) | カスタムメイド耳栓 |
---|---|---|
価格 | 安価(数十円~数百円/個) | 高価(1万円~3万円/個) |
遮音性能 | NRR値25前後が多い | NRR値25~30が多い |
装着感 | 一般的な形状に合わせて設計 | 個人の耳の形に完全フィット |
耐久性 | 使い捨て型:1回~数回<br>成形型:3ヶ月~半年 | 1~2年程度 |
メリット | ・低コスト<br>・すぐに入手可能<br>・紛失しても安心 | ・高い遮音性能<br>・快適な装着感<br>・長期的にはコスト効率が良い |
デメリット | ・フィット感が劣る<br>・外れやすい<br>・長時間装着で不快感 | ・初期コストが高い<br>・作製に時間がかかる<br>・紛失時の再作製コスト |
使い分けのアドバイス:
- 短期間の労働者や臨時作業: 既製品の使い捨て型
- 長期間・定期的に騒音環境で働く作業者: カスタムメイド
- 特に高音域の騒音が多い環境: 成形型またはカスタムメイド
- 低音域が主体の騒音環境: イヤーマフまたはイヤーマフと耳栓の併用
なお、カスタムメイド耳栓は耳鼻科医や補聴器専門店で型取りを行い、個人の耳の形状に合わせて作製されます。初期コストは高いものの、長期的に使用する場合はコスト効率と防音効果の両面で優れています。
職場環境改善のための騒音対策
音源の遮断・吸音材の活用方法
騒音対策の基本原則は「音源対策」「伝搬経路対策」「受音側対策」の3段階です。個人の防音保護具(受音側対策)だけでなく、職場全体での対策が効果的です。
効果的な騒音対策の方法:
- 音源対策
- 低騒音機械への更新
- 機械の定期的なメンテナンス(潤滑油の補充、部品交換)
- 緩衝材の使用(金属部品の衝突音低減)
- 振動の絶縁(機械の床からの浮かせ設置)
- 伝搬経路対策
- 防音壁・防音カーテンの設置
- 吸音材の天井・壁面への設置
- 騒音発生源の隔離(防音室・防音ボックス)
- 反射音を抑える床材の使用
吸音材の種類と特徴:
- 多孔質吸音材(グラスウール、ロックウール): 高周波音に効果的
- 共鳴型吸音材(穴あき板、スリット板): 中周波音に効果的
- 振動板型吸音材(薄い合板、石膏ボード): 低周波音に効果的
実際の工場では、これらを組み合わせた「複合型吸音材」が使用されることが多く、広い周波数帯域の騒音を効果的に低減できます。
作業工程の改善による騒音低減策

騒音対策は設備投資だけでなく、作業工程の見直しによっても実現できます。
作業工程改善の具体例:
- 作業時間の分散: 特に騒音の大きい作業は同時に行わない
- 作業場のレイアウト変更: 騒音源と作業者の距離を最大化
- 騒音作業とそれ以外の作業のローテーション: 1人あたりの騒音曝露時間を減らす
- 夜間作業の制限: 疲労時は聴覚へのダメージが大きくなる傾向
成功事例: ある自動車部品製造工場では、プレス作業と検査作業を同じフロアで行っていましたが、検査エリアを別フロアに移動し、さらに防音壁で区切ることで、検査作業者の騒音曝露レベルを平均15dB低減させることに成功しました。その結果、検査精度の向上と労働者の聴力保護の両方を実現しました。
騒音性難聴が疑われる場合の対処法
早期発見のためのセルフチェック
騒音性難聴は初期段階では自覚症状に乏しいため、定期的なセルフチェックが重要です。以下のような症状がある場合は、騒音性難聴の初期症状かもしれません。
セルフチェックリスト:
- [ ] 騒音環境から離れた後も耳鳴りが続く
- [ ] 家族や同僚から「声が大きい」と指摘される
- [ ] テレビやラジオの音量を以前より大きくしている
- [ ] 騒がしい場所での会話が特に聞き取りにくい
- [ ] 電話での会話が聞き取りにくい
- [ ] 高い音(鳥のさえずり、電子音など)が聞こえにくい
- [ ] 「聞き間違い」が増えた気がする
これらの症状が1つでもある場合は、専門医への相談をお勧めします。特に、作業後の耳鳴りが翌朝まで続く場合は、すでに一時的ではない難聴が始まっている可能性があります。
労災認定と補償制度の活用方法
騒音性難聴は、一定の条件を満たせば労働災害として認定され、各種補償を受けることができます。
労災認定の条件(厚生労働省基準):
- 85dB以上の騒音環境で
- 継続して10年以上勤務し
- 両耳の平均聴力レベルが40dB以上の障害があること
ただし、条件を完全に満たさなくても、医師の診断と就労状況から総合的に判断されるケースもあります。

労災認定で受けられる補償:
- 療養補償: 治療費の全額支給
- 休業補償: 休業中の賃金(平均賃金の60~80%)
- 障害補償: 障害等級に応じた一時金または年金
- その他: 補聴器購入費用の補助など
申請手順:
- 耳鼻科専門医の診断を受ける
- 事業主に報告し、労災保険請求書類を準備
- 管轄の労働基準監督署に申請
- 認定審査(職歴調査、騒音測定など)
- 認定・不認定の決定
留意点: 労災申請は発症から2年以内が原則ですが、騒音性難聴のように徐々に進行する疾病については、医師の診断を受けた日を起算点とする場合があります。心配な場合は早めに専門家(社会保険労務士など)に相談しましょう。
騒音性難聴は一度発症すると完全回復は難しいため、予防が最も重要です。しかし、もし症状が現れた場合も、適切な治療と職場環境の改善により、これ以上の悪化を防ぐことができます。自分の耳を守るために、日常的な対策と定期的なチェックを心がけましょう。
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